ぼくらの秘密基地|ぼくらは「みんな」天才だ!
人間には、それぞれ個性があるように「誰しもが才能」を持って生まれてきます。

しかし、幼い頃は自分の持っている才能には気づきません。

ほとんどの場合は、両親や学校の先生などがお子様の才能を見つけたり伸ばしたりします。

上手く才能を見つけてもらえたり、才能を伸ばしてくれる環境であれば、そのまま才能は開花して大きな成功や結果などを得られます。

でも、先生、親、大人たちでも「子供たちの才能を全て引き伸ばせる」とは限りません。

逆に、未来の可能性を引き出せずに可能性を潰してしまう場合もあります。

そして、活躍するような機会がないまま大人になると、【持って生まれた天才性】を発揮できないまま人生が終わることになります。

子どもの頃にキラキラしていた大人の世界。

いざ、大人になってみると想像していた大人の世界は、意外とキラキラしていないつまらない世界だったと落胆している人も多いです。


自分で『自分の天才性を伸ばす環境』に移行すると才能は開花する?
申し遅れました。私はヒョウガという名前で活動しています。
どちらかというと、【持って生まれた天才性】を発揮できないまま生きていました。と言うよりも、もっと情けないダメ人間でした。ADHDの特性もあり、幼少期から多動と整理整頓ができず悩みの多い人生でした。

幼少期から不器用で物覚えも悪く、人を笑わすこと以外は特技がない人間でした。
そんな私でも、唯一「上手くいった成功体験」がありました。
それは、相談者の全員から反対されても『自分が主体的に行動したこと(コラボグッズ&コラボ企画』でした。
今では、私の仕事の一部として機能しています。
当時は、mixiという交流(SNS)ツールが流行っていて、そこで自分の野望を投稿していました。
私の投稿を少しずつ面白がる人たちが増えてきて、ノリと勢いで「デザインフェスタ」という国内最大のアートイベントに『企画出展者』として、多くの参加者(クリエイター)を集めてコラボ出展しました。

その後も、1年間に2回の出展を毎年繰り返し、合計16回ほど連続で出展しました。設置準備も常連の参加者さん達の手慣れた手つきでテキパキと準備していました。毎回、出展していたので作品を購入するお客様も増えてきました。

そして、1人の作家さんと私がコラボして作った作品をある企業さんが気に入ってくれて商品を扱ってくれる事になりました。
コラボグッズは、取り扱ってくれた会社の経由で、東急ハンズ3店舗に常設で販売されたこともありました。
ADHDの不器用な少年が大人になって実現した|雑貨屋HYOUGA(ヒョウガ)
私は、常に面白いことしか集中できず、色々な興味があること全てに手を出してしまい何事も中途半端な子供でした。
そんな状態の私は、大人になっても似たようなことを繰り返してばかりでした。
そんな時に、工場(自宅も兼用)を建て替える事になり、私の所有物(趣味や車のパーツ)が多すぎて空き物件の店舗を1年契約で借りました。
それから、半年が過ぎた頃に転機が訪れました!
当初は、6ヶ月間の期間限定ショップとして開店しました。
タペストリー展も自分で印刷して、展示用のパイプの巻き込みなど全て制作しました。

最初は、クリエーターさん達の常設スペースとしてレンタルブックスを作りました。

しかも、専属のスタッフも雇い『雑貨屋HYOUGA』をリニューアルオープンしました!
すべて、その時のノリと勢いのみで・・・
そして、内装に予算をかけ過ぎて、電飾看板やミニ看板は自分で印刷して設置以外は全て製作しました。


印刷後にラミネート加工をして、乳白のアクリル板に印刷物を貼り合わせる工程まで自作しました。

電飾看板設置は、業者以外は取り付けられないので外注しました。


少しずつ出展者が集まり、最終的には全てのレンタルボックスが出展者で埋まりました。
(写真は、雑貨屋のオープン当初なのでボックスも空いています。)

次に、ギャラリースペースを作り、企画展やグループ展、個展用の展示棚も作りました。

そこから、『ポストカード展』、『オリジナルグッズ展』、『原画展』、様々な企画を開催しました。
この企画は、雑貨屋HYOUGAでは人気の企画でした。現在は、当時の共同運営者が引き継ぎ「別の名前」で現在も活動しています。



こちらは、工房ヒョウガで製作したグッズのみを展示販売する企画でした。
この企画もポストカード展の次に人気の企画でした。



また、有名作家さんや新進気鋭の作家さんを集めた『原画展』も注目を集めました。



雑貨屋HYOUGA閉店
当時の私は、本業のシルクスクリーン印刷、雑貨屋HYOUGA、工房ヒョウガと3つの仕事をしていました。
体力的にも、精神的にも限界を超えていまして、雑貨屋HYOUGAの運営が軌道に乗った矢先に閉店を決意しました。

工房ヒョウガとして再スタート
雑貨屋HYOUGAの閉店後は、九段下のBARの壁をお借りして、デザフェスでやっていた企画をそのままBARで展示販売していました。

イベント以外には、お好み焼き屋さんに作家さんを集めて「もんじゃ交流会」などを企画していました。
そして、小ロットオリジナルグッズの製作をメインとした工房ヒョウガと父親の会社の秦野スクリーン印刷工芸社にダブルワークに専念しました。
その後、携帯クリーナーのブームが去り、同時にオリジナルグッズ製作の会社が乱立してきました。
その後は、コロナなどでイベントが無くなり、円安や世界情勢などの影響で、少しずつ売上も減少してきました。
プラス思考だった性格も、売上の減少と共に少しずつマイナス思考になりました。
気がつくと、上手くいかない時は、「仕事の環境が悪い」、「円安や世界情勢の影響」、「〇〇が悪い」と全て環境の悪化や、「常に誰かのせい」そんな他責思考で生きていました。
それ以外にも、ADHDの多動症な部分が影響して、カラーセラピー、個人コーチング、個人コンサルを学びなどの『心の勉強』にハマったりしました。
コロナ期間は、タロット、チャネリングなどの「占い系」、そして高額なビジネスセミナーに通い続け、最後はコンテンツビジネス(プロモーター系)や、ブログアフィリエイトなど副業系まで多岐に渡り学び続けました。
ここ3年間で約200万円以上の自己投資をしました。
人生のトータルで言えば、1,000万円以上の学びでした。
(助成金などで無料で受講できた物を有料換算した金額も含みます。)
そして、得た結果は、、、【持って生まれた天才性】をほとんど発揮できず・・・。
自己肯定感だけダダ下がりして終わりました。。。
さらに、自己肯定感だけではなくて、家庭もグチャグチャになってしまいました。

noteの交流から生まれた企画|ぼくらの秘密基地
noteというクリエイターが文章やマンガ、写真、音声を投稿することができるメディアプラットフォームが1つの転機となりました。
きっかけはグッズの相談から始まりました
2024年3月にnoteで知り合った方からグッズの問い合わせがあり、たまたま「もし良かったら、私が働いている工場で個展をしませんか?」と聞いたことから始まりました。
追記|こちらの投稿で【ぼくらの秘密基地】が誕生したストーリーを投稿しました。
コチラのnoteに、【ぼくらの秘密基地】に関する投稿をしています。良かったら遊びに来てください。
今後の投稿は、【ぼくらの秘密基地】に参加する作家さんの情報や商品などをコチラのブログで投稿していきます!

あと少しで初企画が開催します!いまは色々な作業に追われているので、投稿が遅れがちになりますが【ぼくらの秘密基地】を何卒よろしくお願い致します。
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